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芸術の秋

松藤 よしき

 筆者個人の事で恐縮なのだが、筆者は全くと言って良い程イタリア語が分からない。大学時代はドイツ語を選択した。イタリア語で知っている単語と言えば「FONTANE」「PINI」「FESTE」の三語だけである。  だからといって、全く縁がなくもない。むしろ世話になっている。気付いた人は前出の三語で気付いただろうが……
 そう、音楽用語である。
 フォルテ、ピアノ、クレッシェンド、デクレッシェンドetc. 早い子は小学校にあがる前から、これらの言葉を習う。
 最近の作曲家には、自分の国の言葉で表現を指定する人もいると聞く。しかし、クラシックを演奏したいと思ったら、どうしてもイタリア語の音楽用語を覚えなければならない。ブラスバンドに参加した中学時代から、筆者はこれらの言葉に付き合ってきた。
 そうすると不思議なもので、「だんだん大きく」と書かれるよりも、「cresc.」と表記された方が「ここは盛り上げるのだな」という気分になる。それは多分、十の演奏家がいると、十の音色があって、十の演奏法があって、十のクレッシェンドがあるから、なのだろう。
 例えば、p(ピアノ)を吹くとき、筆者は、細く、しかし中身がぎゅっと詰まった糸が、ずっとずっと遠くへ伸びている様子をイメージする。けれど、ある人は同じpを、人の耳もとに囁くようにと表現していた。もっと別の人は、もっと別の、その人が持つ演奏に合った表現を用いるに違いない。
 そうやって、音楽用語というジャンルのイタリア語は、筆者の頭ではなく、体に覚えられてきた。

 とある音楽教師の話である。彼女はイタリア語は全くできないが、旅行でイタリアに来ていた。駅へ向かうため、タクシーに乗った。時間に余裕がなかった。「急いで欲しい」と彼女は運転手に英語で言った。が、彼女の発音が悪かったらしい、タクシーの運転手には通じなかった。イタリア語は知らない。日本語はもちろん通じない。そこで彼女は叫んだ。
「Presto!」
 通じたばかりか、タクシーの運転手はかなり、とばしてくれたそうだ。

 その昔、日本はクラシックをドイツから学んだと、モノの本に書いてあった。だから、日本のクラシック演奏者は絶対音階(CDEFGAHC)をドイツ語読み(ツェ−、デ−、エ−、エフ、ゲ−、ア−、ハ−、ツェ−)で発音する。それゆえ、日本のオーケストラ(あるいはブラスバンド)では、日本語とイタリア語とドイツ語が行き交う。
 「音楽に国境はない」まったく、言葉通りである。

PS:「FONTANE DI ROMA」「PINI DI ROMA」「FESTE ROMANE」はイタリアの作曲家、オットリーノ・レスピーギの代表作。他に「リュートのための古風な舞曲とアリア」が有名。