6月のエッセイ
十センチ布団の夜


六月が悪い季節であるなどというのは六月に失礼で ある。全ての月にはその特色があって当たり前である し、それぞれに役割があるわけだから迂闊に「悪い」 などと言うのは分からず屋である。

 そう、だから曇りや雨の日が続いて布団が重たくな ってきても、その厚さが二センチになっても、我慢す るのである。日に日に湿っぽくなっていく布団に足を 入れても、気のせいだ、といってぐっすり寝るのが大 人の対応であり、こんな時だけ布団を干さないのを天 気のせいにしてはいけない。

 雨のせいで学校に行くのが面倒くさい、などという のもただの言い訳である。そりゃあ自転車通学の多い 東京で、雨の日が憎まれる理由は分かる。学校まで自 転車なら十分でも徒歩なら二十分である。さっさと屋 根の下に入りたい日に限って、コンビニ傘を背負って とぼとぼ歩かねばならないのだから肩も落ちる。
 加えて、関東の黒土の水はけの悪さときたら。アス ファルト塗装のなされていないところにはまず足を踏 み入れてはいけない。ぬかるんで大変なことになるか らである。
 さらに雨が上がったからといって油断してはいけな い。きゃつらは二三日は泥沼状態になって、あなたの 大事なスカートに泥を飛ばすだろう。

 そして梅雨の時期に最も注意しなくてはならないの がカビだ。パンは早く食べるべし。カレーは冷凍保存 するべし。且つ生ごみはこまめに捨てるべし。六月は 水気が多い割に気温が下がらないことが多いので、ち ょっとすると水回りはすぐカビ天国になってしまうの だ。風呂場も要注意、塩素は心の友。

 洗濯物は、…諦めて干すべし。どうにもならないの だから仕方ない。コインランドリーで乾燥機にかける のはあまり一般的ではないし、家に乾燥機のある一人 暮らしの学生はまずいない。諦めて干し、扇風機でも 回してちょっと泣いてみるがよかろう。

 さて、六月の東京学生ライフが良いものだという気 は、私にも初手からないわけだが、だからといってや はり「悪い」とは言ってはいけないだろう。…いけな いのだ。

 関東では六月に降った雨で夏場の水が賄われるわけ であるし、日本中の農業のためにはやはり梅雨は不可 欠なのだから。
 夏場一日に数回もシャワーを浴びたい人間は、二セ ンチ布団と泥スカートとカビ天国に耐えねばならない し、おいしいお米が食べたければ雨を喜ぶのが筋であ る。我々の生活を根本で支える雨の月を、目先の不便 さでけなしたりしても始まらないだろう。

 六月とはつまり、来る贅沢に備えて前貸しをする時 期であり、忍耐と内省の日々なのである。冬の厳しく ない関東では特にその要素がある。
 今夜もざくざくと切り込むように降ってくる雨音を 枕に聞きながら少し、普段では考えないようなことを 考えてみよう。厚さ二センチの湿った布団で。